仕事を通して学べること

学ぶということは体得することではないでしょうか?

その点学校での勉強は学ぶための予備段階では?と思いますね。

学習と勉強は異なります。

学習とは「真似」から入り、徐々に自分のものにしていきます。
職人に弟子入りして技術を学ぶように・・・。

四面楚歌という中国の故事成語がありますが、こういう話があります。

戦国時代、秦朝が滅亡した後、楚の軍隊は敗退し漢の軍隊に包囲されるのですが、
夜になると漢軍は楚の民謡を真似て歌って楚軍の志気を乱したそうです。

原文を読むと「真似る」というところに「学」という漢字を使っています。
そうです本来「学」とは真似ることなのです。

ところが「勉強」とは「強いて勉める」ことですから、無理をさせることが大前提。
したがってそこには何かを「習得」するといった考え方はありません。

日本の学校教育は社会へ出る前の準備を整えるためのシステム、
と考えると分かりやすいかもしれません。

しかしどちらかというと(もちろんすべてではないですが)、
「個人」を育てていくのではなくて、権威を育てていく、といった傾向に思えます。
有名大学を卒業すればその権威で一流大会社へ入社する有利な条件が整う訳です。

もちろんこれは処世の一つの戦略なので、否定はしませんが、
日本の大学生はアメリカの大学生と、
ディベートをするとほとんど負けるそうです。

つまり「個人」が育っていないのではないかと思うのです。

ということは大学でも学べなかったことを学ぶのが実社会(仕事)なのです。
仕事に取り組んでいく上で学んでいくこと、これが本当の学習ではないでしょうか?

学校のテストは日頃教科書に親しんでいて、予習復習をやっていて、
山かけがうまくて、記憶力がそこそこならば、いい点は取れるのです。

しかし大工の棟梁へ弟子入りして、建築設計の理論を滔々とまくしたてても、
柱一本建てることが出来なければ、次の日からクビです。
つまり「体得する」ことですね。

もちろん仕事で学べることは技術だけではなく、人間関係の機微も学べます。
人間関係が下手な人は、どんな仕事をやってもまとまらないのです。

上司との関係や同僚との関係、顧客との人間関係、彼女・彼氏が出来れば異性との人間関係、
また自分が役職に就いたあとは、今度は部下との関係が出てきます。
これらをキチンと管理できなければなりません。

「人生皆師、われ一介の書生なり」とは吉川栄治先生がおっしゃった言葉ですが、
人間はまさに一生かけて成長していくものですね。